東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1694号 判決 1969年10月30日
控訴人 有限会社共栄商会
右代表者代表取締役 吉沢今朝男
右訴訟代理人弁護士 宮沢俊樹
被控訴人 角田正徳
右訴訟代理人弁護士 大森正樹
主文
1、原判決および東京地方裁判所が同裁判所昭和四二年(手ワ)第三五九〇号約束手形金請求事件につき昭和四二年九月一三日言渡した手形判決を取消す。
2、被控訴人の請求を棄却する。
3、訴訟費用は第一、二審および右手形訴訟手続の分とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上法律上の主張および証拠の関係は、左記のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示(ただし原判決が引用する手形判決の事実摘示を含む)のとおりであるからこれを引用する。
一、原判決一枚目裏一〇行目末尾から末行冒頭に「昭和四〇年二月二〇日頃」とあるのを「昭和四二年二月二〇日頃」と訂正する。
二、控訴代理人は、次のとおり追加して主張した。
1、控訴人は、訴外光復物産株式会社(以下単に光復物産という)との間で、同会社が昭和四一年八月一九日持参した手動式掃除機サニーホープ一〇ダースおよび同月二二日持参した同二〇ダースにつき、控訴人において右掃除機を一般消費者に販売するが、もしその全部または一部を販売することができないときは、その分を光復物産に返品してよいこと、控訴人から光復物産に対して右掃除機一〇ダースおよび二〇ダースの各卸値である金一四四、〇〇〇円および金二八八、〇〇〇円と同額の各額面金額の約束手形を振出すが、右返品があったときはその返品数量に応じて清算することを約定し、この約定にもとずき本件約束手形二通を振出した。そして控訴人は結局右掃除機の販売をすることができなかったので、昭和四二年二月九日右掃除機合計三〇ダース全部を光物産に返品するとともに、同会社との間の右掃除機販売に関する契約を合意解除した。
2、光復物産は、訴外木下産業株式会社(以下単に木下産業という)から手動式掃除機サニーホープの販売の委任を受けていたものであり、昭和四一年八月二二日頃木下産業に対し、前記手動式掃除機一〇ダースおよび二〇ダースの各代金支払のため、本件約束手形二通を裏書して譲渡した。そして光復物産は、前記のように昭和四二年二月九日控訴人から右掃除機合計三〇ダースの返品を受けると、即時これを全部木下産業に持参して返品し、右掃除機合計三〇ダースについての販売の受任契約を合意解除した。
3、したがって控訴人は光復物産に対し手形振出の原因関係の解消により、また光復物産は木下産業に対し手形裏書の原因関係の解消により、それぞれ本件約束手形二通の返還請求権を有するに至ったのであるから、木下産業は原因関係の欠缺によって本件約束手形上の権利を行使することができず、木下産業から期限後に本件約束手形を譲り受けた被控訴人も右権利を行使することとができないものである。
三、被控訴代理人は、控訴人の右主張に対し次のとおり答弁した。
右控訴人主張の1、および2、の事実は知らない。3、は争う。
仮に控訴人主張のような事実関係であったとしても、(一)、手形は抽象証券、無因証券であるから、被控訴人の本件約束手形上の権利に消長を来すものではなく、また(二)、控訴人が光復物産に対して本件約束手形を振出したのが、控訴人主張のような取引の代金を支払うためであったとしても、光復物産が木下産業に本件約束手形を裏書譲渡したのは、商人間の一般交互計算によるものであって、控訴人主張のような特定の渡金を支払うためのものではない。
理由
一、控訴人が本件約束手形二通(手形判決別紙手形目録記載のとおり)を振出し、被控訴人がこれを木下産業から期限後裏書により取得して現に所持していることは、当事者間に争いがない。この場合手形が抽象証券であるが故になんらの抗弁も許さない旨の控訴人の主張は理由がなく、抽象証券であることを前提としても、控訴人は、被控訴人に対し、木下産業に対抗しうる抗弁事由をもって対抗することができるものといわなければならない。
二、控訴人はまず、昭和四二年二月二〇日頃控訴人(振出人)、光復物産(受取人)、木下産業(当時の所持人)の三者間で、本件各約束手形を木下産業から控訴人に返還する旨の合意が成立したと主張する。しかし≪証拠省略≫によっても、控訴会社代表者吉沢今朝男が、昭和四二年三月一〇日頃光復物産社長中山昌義とともに木下産業を訪ね、木下産業の専務取締役(原審証人木下勝男の供述によれば木下勲宗)に会い本件各約束手形の返還を求めて交渉したけれども、返還の条件として満期以後日歩一〇銭の利率による利息の支払を要求されたため、結局手形返還の話合いができずに終ったことを認めうるにすぎず、他に控訴人主張のような手形返還の合意が成立したことを認むべき証拠はなにもないのであるから、控訴人の右主張は到底採るを得ない。
三、次に控訴人は、控訴人の光復物産に対する本件各約束手形振出の原因関係および光復物産の木下産業に対する本件各約束手形裏書の原因関係がいずれも解消したことにより、木下産業は本件各約束手形上の権利を行使することができなくなったと主張する。しかし約束手形の振出または裏書の原因関係が解消したというのは、いわゆる人的抗弁であって、その振出人または裏書人がそれぞれ相手方(受取人または被裏書人)に対し手形抗弁として主張することができるものであるべきところ、≪証拠省略≫によれば、昭和四二年二月一〇日頃控訴人主張の手動式掃除機サニーホープ合計三〇ダースが控訴人から光復物産に、さらに光復物産から木下産業に返還されたことをうかがうことができるから、これにより当事者の各取引は合意解除され、光復物産は控訴人に対し、木下産業は光復物産に対し右掃除機三〇ダースの各取引代金債務の履行を求めることができなくなったものというべく、したがって逆に控訴人は光復物産に対し、光復物産は木下産業に対し、それぞれ本件手形の返還を求めることができるものということができる。もとより控訴人と木下産業とは原因関係において直接相対する関係にあるわけではないけれども、このように手形上の債務者から手形上の権利者に至るすべての原因関係が消滅している場合には、あえて権利乱用の法理(最高裁判所大法廷昭和四三年一二月二五日大法廷判決参照)をまつまでもなく、手形上の債務者は、その直接の後者に対する原因関係消滅の抗弁をもって手形上の債権者に対抗することができるものと解するのが相当であって、控訴人は木下産業に対し直接本件手形金の支払を拒むことができるものといわなければならない。
四、してみると被控訴人の本訴請求は理由がないというべく、これを認容した本件手形判決を認可した原判決は失当である。
よって本件控訴は理由があるから、原判決およびその認可した手形判決を取消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟の総費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川善吉 裁判官 小林信次 川口富男)